天狗岳の熊 第一話

小説・天狗岳の熊

天狗岳。この 山が私は白神山地の中で一番好きな山である。この山に登れば、白神、向白神岳、真瀬岳のボッチ、二ッ森、尾太岳、岩木山など見えない山はないくらいだ。そ してそれよりもなによりも、この山には熊がたくさんいるので私は気に入っているのである。本当は自分にはその方が合っている。
 そろそろ本題に入ることにする。冬の間近な秋も遅い時期に『今年最後のマタギ』と熊狩りに出かけたときの話である。もちろん天狗岳の山頂には一番に挨拶した。山頂では大声で叫んだ。
「ワオオーーー!!!」
気分最高なのだ。この気分のまま天狗岳をあとに、ベラボウナガレの峰を下り降りた。いつも見慣れている山の斜面を見ながらゆっくりとした足取りでしばらく 歩くと、いつも見慣れている斜面になにか引っかかるものを感じた。じーっと見る。しかし分からない。息を殺してあたりの山を見る。でも分からない。ところ がある一点の斜面だけは気になって仕方がなかった。じーっとみつめる。すると、ありのような小さな黒いものが三つ、離れてはくっついてうごめくのが見え た。
「熊だっっ!!」
思わず叫んだ。それも親子熊である。上を見た。ブナの小枝が揺れている。
「しめた!風下だ!」
すかさず忍び足の体勢で近づく。気付かれるか気になるがこれがまたスリルでシビレる。かなりはっきり確認できるところまで来た。母熊はかなりでかい。まわ りで小熊が餌をあさっている。だんだん近づく。やはり雌熊にしては大きな熊だ。これ以上は無理というところまで近づいた。息を殺してじっと待つ。なかなか チャンスが来ない。
「ウルダクナ、ウルダクナ*1」
と自分に言い聞かせる。じっと待つ。小熊の方もかなり大きい。このことを私たちは『ケムグレている』という。まあそんなことはいいのだが、焦る気持ちを抑え撃つチャンスをうかがう。
「きたぁぁぁ!」
私は使い慣れたライフルをかまえる。引き金にかけた指にそっと力を加える。実弾は放たれた。親熊はもんどりうって転がり落ちてくる。そのすぐ後を子熊が二 匹離れず駆け下りてくる。私は容赦なく、ためらいもなく、小熊にライフルの先を向けた。
「ダーン ダーン」
二発の銃声が山々に響く。子熊は倒れて転がり落ちる。先に狙った親熊のほうを見る。まだ沢の中で動いている。とどめをさす。
「ダーン・・・」
この一発で親熊は最期のサズトリ声*2をあげ、倒れた。

*1 あわてるな 落ち着け  *2 断末魔の声

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